まんが日乗

いつか書きたいと思っていたまんが評をひっそりしたためます

『しまいもん』IKARING

『しまいもん』は雑誌「FEEL YOUNG」(祥伝社)の2003〜2005年の連載作品だ。単行本の帯の惹句には「天下無双のおバカ姉妹・ユーコとやよいが繰り出す変化球ギャグ!」とある通り、絵柄のおしゃれさ

婚活に奔走する29歳の会社員(秘書)の姉・やよいと、モテるものの「ビンボーフェチ」で、すぐに肉体関係を結んでしまうフリーターの妹・ユーコ、姉妹の前に現れるろくでもない男性たちとのドタバタが描かれる。……と描くと、00年代の恋愛ルポマンガのヒット作『だめんずうぉ〜か〜』(倉田真由美/扶桑社)や、ドラマシリーズ『セックス・アンド・ザ・シティ』(HBO)を想起するかもしれない。

だが、本作は、いわゆる赤裸々ガールズトークものの系譜とは異なり、登場する男性たちを面白がったり、シビアに糾弾したりする場面は少ない。彼らの異常性は多くの場合、作中では一切触れられず、読者に疑問を投げかけたまま、物語の埒外へと消えていってしまうのである。

私が、この作品を初めて読んだのは「FEEL YOUNG」誌上に於いてで、お見合いパーティで知り合った男性らと、姉妹が飲み会を催す回(stage11)だったことをはっきり記憶している。とにかく異質な読み味だったからだ。

あらすじはこうである。飲み会に参加した冴えないサラリーマンの銀次は、友人に「おもしろい話」を乞われて、モテない幼馴染の女性と体が入れ替わり、互いにナンパに励むも結局モテなくて、入れ替わった体のままセックスしたエピソードを披露する。

オレが奉仕すれば

オレがヨガってる

オレがオレに責められて

オレが……

オレの

オレに

オレのを

ってもうワケわかんなくなっちゃってさ……

(『しまいもん』2巻 より)

当時、読者だった私は、頭に大きなハテナマークを浮かべたまま読み進めた。非モテ男性の振る舞いを嘲笑するでもなく、婚活に焦った女性のやらかしを描くでもなく、唐突に展開する『おれがあいつであいつがおれで』と「みこすり半劇場」がミックスされたような SF艶笑譚。そして、「あれは不思議な体験だったなぁ」と述懐する銀次にツッコミを入れることもなく、やよいはユーコに「帰るわよ——」と声をかける。

ツッコミとは、作中での常識の指標として機能するものだが、本作ではその発動が意図的に抑えられている。従って、読者は正解がわからないまま、登場キャラクターの異常性と対峙するほかないのだ。

たとえば、やよいと合コンする宅配ドライバーの翔(しょう)。「男前」として、ユーコに紹介された彼とそのドライバー仲間たちは、作者本来の画風とはかけ離れた濃い劇画タッチで描かれる。しかし、やよいら女性陣はその違和感に一切言及することなく「おっ/男前(オットコマエ)だわ‼︎」と頬を染める。

後日のデート中、翔は、水たまりを避けるために、やよいを突如“お姫様抱っこ”し、したたるほどに大量の汗をかく。着替えを買いに、高級ブランド店(表参道のプラダと思しき外観)に駆け込んで、購入したジャケットをすぐさま素肌に(!)羽織る。その他の奇矯な行動すべてにも、やよいは「男前だわ〜〜!!!」とときめくのである。読者が覚える強烈な違和感は置き去りにされたまま盛り上がるやよいの恋心は、しかし、デートの最後に渡された、メルヘンチックな手紙とともに瓦解するのだが、翔の異様さは作中ではついぞ言及されることはない。

さらに、本作の異質な読み味を深めているのは、そこかしこに散りばめられたパロディの細やかさにある。

前出の翔の同僚ドライバーは、東大卒でフランス語を操る「澁澤のタッチャン」。「きょうふしんぶ〜ん」の声とともに玄関ドアの郵便受けに差し込まれるサーロインステーキ肉、唐突なわたせせいぞう風タッチなど、遊び心とも悪ふざけともつかない小ネタが充溢しているのだ。作者の興味の幅広さをうかがわせる「わかる人にはわかる」パロディは、読者の功名心もまたくすぐる。私がとりわけ好きなのは、求婚者の家族とやよいが対面する際の以下のくだりだ。

「「なぞなぞ遊び」をしてもよろしいかしら?」

「では私から——

夜ごとに生まれ夜明けとともに死ぬ、

虹色に輝く幻 なーんだ?」

「…希望!」

(『しまいもん』2巻 より)

お好きな方はおわかりだろうが、オペラ『トゥーランドット』で王子に課される謎である。ちなみに舞台となるのは高級レストラン「タイコバン」というばかばかしさ。

なぜオペラ? なぜ『トゥーランドット』? ギャグの仕掛けとしてはわかりにくく、トゥーマッチだ。が、その過剰さがべらぼうにおもしろい。本作が一般まんが誌初連載だった作者の若いエネルギー、そして、まだまだまんが雑誌も紙媒体も若者文化も活力があった00年代の熱気を感じ、今読み返すとほんの少し切なさも感じてしまうのだ。

 

『しまいもん』祥伝社/全2巻)